ネガティブな被養育経験を克服する母親の心理プロセス:子どもの幼少期から思春期までの縦断研究
【問題と目的】
昨今,子ども虐待による悲惨な出来事が社会の注目を集めている。体罰や暴言によらない子育てが推進される中(厚労省,2020),虐待疑いの通報義務も含め,社会全体が子育て中の親を監視する風潮が広がる傾向にあり,ハイリスクで脆弱な家庭の孤立化が懸念される。Belsky(1984)は,養育を規定する要因に親の被養育経験を挙げている。千﨑(2018)は,一般家庭における不適切な養育(マルトリートメント)の世代間連鎖に注目し,母親が幼少期に受けてきた不適切な養育経験が現在の不適切な養育態度に影響を及ぼしていることを示した。さらに,母親の被養育経験は,自己肯定感の低さ,対人面の困難さという人格形成へ影響を及ぼすことが示唆され,それを乗り越えようとする心理的プロセスを探索的に検討し,どのように折り合いをつけて目の前の子育てに向き合っているかを見出した。子どもが幼児期の時にインタビュー調査を実施し,数年後,同じ調査協力者に対し,子どもが児童期になったことによる心的な変容についても検討を重ねた。 本研究では、子どもが思春期になったこの時期に同じ対象者にインタビューを実施,母親のネガティブな被養育経験が子育てに及ぼす影響がどのように変容したか,子どもとの関係性はどのように変化しているかを探索的に検討することを目的とする。本研究によって,ネガティブな被養育経験を持つ母親の子育てへの影響を縦断的に分析し,子どもとの関係性を時系列に捉え,母親の生涯発達的な視点も含めて検討することが可能となる。子育ての関門と言われる思春期における支援を加え,子育て家族への継続的支援について検討する意義は大きいと考えられる。
【方法】
調査時期:2021年8月~11月
調査対象者:千﨑(2018)のインタビュー対象者の子育て中の母親
手続き:対象者に筆者が個別に依頼,対面(もしくは遠隔)によるインタビュー調査を実施する
調査内容:ネガティブな被養育経験の影響の変容,子どもとの関係性の変化,家庭内の状況,子育ての困難さ,必要な支援などについて
分析:子どもの幼児期・児童期の調査による修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ結果を今回のインタビュー結果と照合、質的分析による概念の生成と修正を行う
【結果と考察】
インタビューデータを千﨑(2018)のM-GTA結果の概念に追記により、以下の概念への追記・修正を行った。カテゴリー『人に頼ることの大切さの認識』における概念「専門家への相談を求める」では、〈学校の担任の先生には相談しにくい、養護の先生に相談した〉〈1対1のカウンセリング利用したい〉〈月1回でもいい、たまったものを出せる場がほしい〉〈話を聞いてもらいながら自分の中で整理できている〉〈家族会なども興味がある、自分の話もできるし、他の人の話も聞ける、そういうところは批判したりしない〉〈専門家の人の助けがなかったら無理でした。全部女性なので、女性が女性で安心を得られる〉〈今までは自分はこんなにつらいんですっていうことを話すだけだったけど、自分のことを相談してみたい〉等のバリエーションが得られた。
本研究の調査対象者は、ネガティブな被養育経験を持つ母親であり、子どもが生まれたときからの子育ては困難なものであり、ネガティブな被養育経験の影響によって「自己肯定感の低さ」「人に頼れない」ことが生じていたが、その中でも、世代間連鎖を生じさせず、自分の子どもと向き合い、子育てをしてこられた背景には、「専門家への相談を求める」ことによるところが大きかったのではないかと考えられる。調査対象者は全員専門家への相談を経験していた。インタビューデータから、〈同じような感じで話せる人を見つけるのはすごく難しい〉とあるように、隣の人との交流がむずかしい場合でも、専門家への相談は行いやすかったのではないかと考えられる。
今後の課題として、本調査のインタビューデータを詳細に分析した上で新たに概念生成を行い、子どもの幼児期から児童期・思春期への子育て困難感の変容と克服のプロセスおよび要因を検討し、縦断的支援モデルの検討を目指す。
本研究は、2021年度白百合女子大学研究奨励によって実施された。
【文献】
Belsky , J. ( 1984 )The determinants of parenting : A process model. Child Development,55,83- 98.
厚生労働省(2020)体罰等によらない子育てのために:みんなで育児を支える社会に.厚生労働省「体罰等によらない子育ての推進に関する検討会」
千﨑美恵(2018)母親のネガティブな被養育経験が子育てに及ぼす影響.博士論文.